
住民が 勝ち取った 森
朝から「ビタミンN」を求めて、運動がてらウィンブルドン・コモンへ向かう。このNはネイチャー、自然のN。コモンとは、イギリスに昔からある共有地のこと。
一人で歩きながら、その土地の歴史に思いを巡らせる。これが今の自分にとって、たまらなく好きな時間になっている。
20代の頃、世界一周のバックパッカーをしていたときに求めていたのは、新しい刺激だった。今は少し変わってきて、現地の歴史や、その土地に住む人の思想的な背景、精神的な土壌に興味がある。外国語を知るから日本語の美しさに気づけるのと同じで、日本をより知るために世界を知りたい、という感覚。
ウィンブルドン・コモンにも、興味深い歴史がある。
1864年。日本では尊王攘夷運動が激化していた幕末の激動期。同じ頃、日本から9,600km離れたウィンブルドンでは、領主のスペンサー伯爵が議会にある計画を申請した。コモンを柵で囲い込んで自分の公園にし、一部を建築用地として売り出すというもの。コモンは昔から、地域の人々が家畜を放したり薪を集めたりしてきた「みんなの場所」だった。もちろん、住民たちは黙っていない。住民と伯爵の争いは、4年に及ぶ法廷闘争に発展した。
最終的に伯爵が権利を手放すことで合意し、1871年に「ウィンブルドン・アンド・パットニー・コモンズ法」が成立。コモンを管理する委員会が設けられ、この土地を開発から守り、自然のままの姿を保つことが義務づけられた。
150年前の住民たちが闘って勝ち取った公園。歴史を知って歩くと、想像がより膨らむ。
事前に調べていて面白いと感じたのは、その後の運営の仕組み。コモンを管理しているのは自治体ではなく、この管理委員会。運営費は周辺住民が負担金として払い、その住民たちが選挙で委員を選ぶ。行政に任せるのではなく、使う人がお金を出して自分たちで守る。「地方税」に近いのかもしれないが、中身は150年続く「住民自治」。
普段、自治体からの相談や仕事もあるので、お金の動きや運営には興味がある。これは職業病なのかもしれない。
歩いていると、プレートのついた古いベンチがある。背もたれに「この森を愛した人の思い出に」と彫られている。管理団体が記念ベンチの制度を持っていて、亡くなった人を偲んで寄贈すると、銘板の付いたベンチが森に置かれる。費用は3,500ポンド。ベンチ代と設置費、それに10年分の維持費まで含まれていて、集まったお金は森の手入れに回る。そして今、希望する人が多すぎて、順番待ちの受付が止まっている。
森を守った人たちの子孫が、この森で自分の家族を偲び、そのお金がまた森を維持する。負担金だけではなく、こういう形でも回っている。
ここで、自分の夢のひとつを思い出した。日本中にベンチを寄付していくこと。100年後の人たちがそこに座って、自分を振り返ったり、未来に希望を持てたりするようなベンチ。このコモンのベンチの仕組みは、参考になった。
日本にも、かつて同じような土地があった。「入会地(いりあいち)」。江戸時代、村の人々は裏山の森や草地を共同で使い、薪や山菜を採り、屋根を葺く茅を刈った。まさに日本版のコモン。
それが、明治の地租改正で、土地の持ち主をはっきりさせる必要が出てきた。所有者があいまいな入会地の多くは、国有地に組み込まれていった。戦後は個人や組合の所有に分ける政策が進み、燃料が薪から石油やガスに変わったことで、共同で山を使う理由そのものも薄れた。こうして日本の入会地の多くは姿を消した。長野の野沢温泉のように、今も住民組織が共同浴場を守っている例はあるが、ごく一部。
イギリスでは住民が法律で共有地を守り、日本では近代化の中で共有地が分割されていった。同じ「みんなの土地」でも、たどった道はまったく違う。
コモンを抜けて、St Mary's Church まで歩き、坂を下るとウィンブルドン・ビレッジの街並み。レンガの家、小さなパブ、手入れされた生垣。派手なものはないが、全部が整っている。この街の人たちが、150年前に森を守った人たちの子孫なのだと思うと、街の静けさの意味が変わって見える。
そのまま、センターコートまで。オールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブ。世界で一番有名なテニスの大会が開かれる場所は、自治体でも国でもなく、民間のクラブが所有している。そして年に二週間だけ、世界に開く。森も、コートも、この街では民間が守り、民間が開いている。
現代の日本で似た仕組みを挙げるなら、大阪の梅田かもしれない。グランフロント大阪があるうめきたエリアでは、2014年から「大阪版BID制度」が動いている。エリア内の地権者から大阪市が負担金を集め、行政ではないまちづくり団体に渡す。その団体が広場や歩道を管理し、イベントを開いて街の魅力を高めている。恩恵を受ける人がお金を出し、行政とは別の組織が公共空間を守る。この構造はウィンブルドン・コモンとよく似ている。
ただ、構造は似ていても、性質は全く違う。梅田でお金を出しているのは住民ではなく企業などの地権者で、目的は街の価値を上げること。「自分たちの暮らしの場所を守る」という感覚とは違う。街の価値を上げ続けることが目的の仕組みを、150年後の人はどう見るんだろう。
結局は、世界を見て、日本を深掘りしてしまっている。